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選挙結果は「国民に」とっては良いチャンスが生まれたのでは

12日  火曜
早朝から暑い日
既定の「与野党暗黙の政治劇」でもあった参議院選挙は、それなりに「終了」した。

終了と同時に安倍政権は「大型経済対策」の指示をだした。
10兆円超というが、これでは「まだまだ足らない」という情報も流れている。

経済の安定がなければ、マスコミが煽っている「憲法改定問題」も政治の射程には入りにくい。

「憲法調査会」での進め方も決まってはいないが、どんな論議を進めていくのかは、国民が本格的な「憲法」と現実にどんな「常識」を踏まえて、落ち着いて試行していくチャンスだろうと思う。

戦後の落ち着かないGHQ占領時期の「一夜にして」できあがった「憲法」というイメージを払拭できるかどうかは、あるいは「押し付けられた憲法」というイメージも国民の「主体」としての憲法であればあるほど「国家主権の主体」として、この論議に参加する「決意」を示さなければ、逆の意味で「今回の参議院選挙」で改憲論議が「おおぴらに」できる環境もできたわけだから、このチャンスを「国民主体」としてのボケ老人なども考えいかなければならない「課題」がでてきたと判断している。

それにしても厄介な課題が選挙の後にでてきてしまったわけだ。
選挙に勝った「与党側」も負けた「野党側」も、戦後史の「謎」と言われる「分野」の「暗箱」の蓋を開けてしまい、慌てているのはぼく達よりも政治村に住む「バッジ組」ではなかろうか?

彼らはゆくゆくの「政治史」の断面には「名前が」刻まれてしまうからだ。

ボケ老人を含む国民は彼らの試行に、「国民投票」なる儀式に参加するわけだが、結果が「どうあれ」主体として登場するだけだ。
この「主体」の流す苦渋の「結論」が列島国民の「常識」となっていき、更にこの結果が「不自由」であれば、それが新たな常識レベルに移動していくのが「歴史」ではなかろうか?

ヘーゲルの時代のように「血で」あながうような時代でないことが、とても幸せではなかろうかと感じる昨今だ。

(今日のPCはおかしい。何回か書いているうちに、書く場所が勝手に移動するのだが、これが操作されているとすれば対処しなければならない面倒なことだが、やめておきたまえ)。

テーマ : 日常雑感
ジャンル : ブログ

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