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デジタル認知症が「現実」に起きてしまった

29日   金曜
猛暑
小学生の朝の体操が終了した。

今は一週間ぐらいだという。
休みに入っての習慣作りなのだろうが、それにしても短すぎる。
夏休みの様々な行事が待っているのだろう。

それでも自宅を開ける「合宿」でもない限りは朝の6時半からの体操は身体と精神にプラスになるとボケ老人は思っている。

先日25日の書き込みに10~20代の若者の「現代病」として「デジタル認知症」なるものの現象記事について書いた。
「記憶障害」についてはボケ老人の一般的な認知症との比較で書いているものの、「精神障害」については残念ながら認識が甘かったようだ。

26歳の若者によって障碍者ホームでの殺人事件が大きく報道された。
これからの取り調べで様々な要因がでては来るだろう。
だが、彼自身が「精神的な障害」で関係する病院での治療がなされていたというから、デジタル認知症での分類の「精神障害」のほうが注目されるのだろう。

様々な技術の進化はボケ老人たちも含め多いに助かる。
パソコン無しでは、ボケ老人などの年齢でもモノを書いたり、モノを調べたりは無理な暮らしになっている。
便利だ。

ボケ老人などの世代は、パソコンなしで紙の上に字を書いたり、辞書で調べたりなどの「体験」がたっぷりとある。
今の若者あっちは、もっと便利なパソコン以外の携帯で「全てを処理する」ことができる。

いつも情報の世界で動いている。

事件を引き起こした若者は、やはりデジタル全盛の中で育っている。
だが、もともと働いていた「職場」では、人間は年をとれば彼のような若者に世話になるのだが、世話をする「相手は」生身の人間であり、ゲームに登場するような「モノ」ではない。
現実の関係の中ではゲームのように「終了」のボタンは押すことはできない。

彼も暮らしの中でデジタル精神での「関係」を世話をする人々との間には作れない。

そういう意味でのゲームのような終了ではなく、関係を持ち続けなければならない。

そこで高齢者の「終了ボタン」を押すことで、彼自身も自分に「終了」の烙印を実行してしまったのではなかろうか?

「生きる」ことは人間という自分も含め、なんと矛盾の塊であることかを知ることもなく「精神障害」というデジタル認知症の一つの分野を自分で「証明」してしまったのだ。

ヒトラーが降りてきたなどと「高尚な理屈」を作り上げ殺人行為の「高尚さ」を演出したいなどというのは彼自身はきずかないだろうが「人間の矛盾」が持つ生き方なのだということだった。
それにしても26歳という年齢で「現実」に自己がぶつかるなどというのは、相当に「甘い習慣」で育てられ、生きてきたのだろう。

こういう発想は列島辺りでは「19歳」前後の通過儀礼として発症するが、自力で現実に戻るのが普通ではなかろうか?

テーマ : 日常雑感
ジャンル : ブログ

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