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再び「学ぶ」ことは歴史の舗装道を掘り返すことだが

24日  水曜
青し空の朝
二回ほど豪雨と雷が。
東日本は局地的な豪雨と土砂災害。
そしてカミナリも。

それ以外は「暑い」気温が続く。

久しぶりの隣の区まで歩いて図書本を返却して、また借りてきた。

世の中には「民主主義とか立憲主義」なるコトバが泳いでいる。
それらのことを知らずにこの世を泳いでいれば、この言葉の漂流する残存物に体当たりをくらって溺れるかもしれないと慌ててコトバの原点なる歴史をひもどくべく本を借りてきた。

清水書店 人と思想シリーズの中から「エピクロスとストア」なる人物のことが教科書的な勉強ではよくわからないままに来てしまったので改めて知りたいと「欲求」が動いた。
アレクサンドロスの遠征は思想的にはアリストテレスだとは思えるが、この大王の死去で「ヘレニズム時代」に入るがエピクロスの原子論と連続論はどこに向かったのだろうか?

よく言われることだがエピクロスは「隠れて生きること」で身体の無垢と精神の安定を「説明」しているというが、よくわからないのだ。

もう一冊は「哲学の起源」柄谷行人著岩波書店版だ。
彼によると「アテネ中心主義的に形成された」デモクラシーの神話の解体がこの本を書かせたというから、プラトンやアリストテレスが書いたといわれる文献もそのうちに読まなければならないのかと思うと暑い夏が「熱すぎる」。

だが、頭の中に漂流物として残存する歴史の残像を「再検討」するのは生きているからこそできるのであって、その気分をなくせばただただ時間をつぶしている生き方になるのではと、ボケ老人は最近は思っている。

それにしても「若かりし頃に」学んだ歴史の残像は、今思えば恥ずかしきことが多い。
若い「馬力」での学びと比べ老境での再学びはどんな推進エネルギーを使えばよいのだろうか?

当時の馬力はどう見ても「石炭、石油」だろうが、今や「原子力」だろうと思うが、そのためにも「エピクロス」の自然学の根拠を学ぶチャンスになる。

通常の歴史教科書はあれこれのパワーと人材で分厚く舗装されている。
キリスト教が、あるいはイスラム教が仏教がそれぞれの時代を生き抜くためにパワーと人材で「一貫性」という名の「正義」を作り出し宗派人間の安心と安定を勝ち取ってきたのは確かだ。

ボケ老人になって学び直す「舗装」の下から何が見えてくるのかを楽しみに進めるしかない。
慌てることはない。
たかが「人生」ではないか?

テーマ : 日常雑感
ジャンル : ブログ

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