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熊本は「火の国」と謡った演歌歌手がいた

14日   水曜
霧雨の朝
曇天へ
珍しく寒くなった。
27℃。

急ぎの用事もなく自宅引きこもりボケ老人の1日だった。

テレビを眺めていると最近は、画面の上に(テロップというらしいが)熊本地震のことが頻繁にでてくる。
これだけ「注目」されている割には、専門家の話しも漠然としており、なにかが「隠されているのだろうか?と疑い深くなっている老人だ。

列島の安全に関することはやはり万全でなければ「公表」することで、専門筋への信頼を作ることで素人のボケ老人なども気分の上で「安心」するような「安定剤」になるのではなかろうか?

そうでなければ阪神淡路大震災も、東北の「大震災」も、後からの「想定外」などという「屁理屈」を語って素人をなだめすかせる手法はもはや通用しない。

熊本の地震テロップが頻繁に流れる。
「想定外」での失敗に学んだのだろうか?

いや、疑い深いボケ老人などは「万が一」の時への「逃げ道」作りに躍起になっているだけでは、と天邪鬼的な発想をしているだけだが、現地の熊本の人にとっては「地面が揺れる」という恐怖感が少なくなるという「量の問題」ではなかろうと思うが?

演歌歌手が歌っていた。
熊本は「火の国」と。

そういえば西郷どんも「若者の激情」にほだされて、時の運を使い切った場所も「熊本」田原坂だっという事実もある。
人は生まれながらに「激情の人」となる運命は持ち合わせてはいない。

西郷どんも自らの意思で動いたわけではない。
歴史の「激情」が彼をして生涯を終わらせてしまったと、ボケ老人は思っている。

その意味ではそれぞれの明治群像の歴史の流れはあるのだが、一番きつい「激情」をもろに浴びたのが西郷どんなら、それに従った「名もなき人たち」も同じ地平で「走った」のだろう。

西郷どんは確かに時代劇では「英雄」だろうが、ただの彼を慕う人びとと同じ運命に従ったということがボケ老人は「スゴイ」と思っている。
その意味では、いつの時期も「ただの人」という人びとが動き出す時が、後から思えば「歴史の転換点」だと教科書的には記載されるののだろう。

テーマ : 日常雑感
ジャンル : ブログ

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